神田雑学大学「蕎麦リエ」卒業論文 | 池津権太.com

神田雑学大学「蕎麦リエ」卒業論文

若い頃、上司が蕎麦のウンチク(蘊蓄)を垂れるのが大嫌いだった。「昨日、急に美味い蕎麦が食いたくなって、信州まで行ったんだ。蕎麦はやはり信州じゃなきゃね。」と得意気に語る上司に、「近くにそこそこ美味い蕎麦屋があるじゃないですか」とは言えず、できるだけ近づかないようにした。滔々と講釈を聞かされそうだったから。

そんな私も40歳を過ぎ、NHK テレビ趣味悠々「男の蕎麦打ち入門」を録画して何度も見たり、蕎麦打ちセットを衝動買いしたりするようになった。そして気がつくと、若い部下にこんなことを言っていた。「蕎麦屋ではまず、つゆをつけずに蕎麦を数本味わい、次につゆだけ舐めて味を確かめる。それを見た蕎麦屋は『こいつは通だ!』と分かり、必ず対応が良くなるはずだ。頼まないと蕎麦湯が出てこないような店はダメ。蕎麦湯も蕎麦の一部なんだから。」 気がつけば自分が嫌っていた「蕎麦ウンチクおやじ」になっていた!

普段は漫然と食べている毎日の食事。1日3食、1年365日で約1000食。男性40歳の平均余命は約40年。そうすると残りの人生で残された食事は約4万回。4万分の1の食事をおろそかにしたくない。いい蕎麦屋で美味い蕎麦を気軽に楽しみたい。10店の蕎麦屋回りをして、また行きたい店、二度と行きたくない店があった。ここでは逆説的に、行きたくない蕎麦屋について述べてみる。

【 行きたくない蕎麦屋・その1 】

まずい店。本当に手打ちか? どこか製麺所から買っているんじゃないか? このつゆはスーパーで売っている「そうめんつゆ」か? さすがにそうとは聞けずに「二度と来るか!」と心の中で叫んで店を出る。営業してるか してないか分からないような店、客が入っていく姿を見たことがない店が、毎日手打ちをし、つゆを作っているとはどうしても思えない・・・。

【 行きたくない蕎麦屋・その2 】

匂いに鈍感な店。楽しみに待った蕎麦が運ばれて来て、つゆをつけずに蕎麦の味を確認しようとしたその瞬間! 鼻腔を汚すタバコの煙! 禁煙、分煙していない無配慮な店は論外。国立 大学通りの「更級甚五郎」の禁煙は徹底している。「たばこ吸う者は他の店に」との張り紙あり。うるさいくらいだが・・・。

そして、店の匂い。風情があるのはいいが、古い木造の建物がカビ臭いのはいただけない。店に入った瞬間から、蕎麦の繊細な風味は諦めなければいけないことになる。

トイレの芳香剤が席まで臭ってくるのも論外。江戸時代の蕎麦屋に、芳香剤なんて存在しない!

【 行きたくない蕎麦屋・その3 】

店側のウンチクがうるさい店。客があれこれウンチク垂れるのは勝手だし ご愛嬌だが、店が客に対してこうあるべしと強要する店はNG。「子供は行儀が悪くて騒がしい」と決めつけ「小学生お断り」の蕎麦屋が小淵沢にある。そんな店はこちらからお断り。それから「手打ちしてます!」とアピールするために打ち場をガラス張りにする店。いい仕事をしていれば打つところを見せなくてもいいはず。見せ物ではないのだから。


 蕎麦リエに参加して良かったことは、蕎麦が以前より身近になったこと。今までは蕎麦を食事と位置づけ「蕎麦は量が少ないから・・・」と思っていたが、そもそも蕎麦は粋な軽食だった事を知り、気軽に蕎麦屋に入れるようになった。そしてある程度の知識が備わったことで、こわいもの知らずで店の人にあれこれ聞けるようになった。「蕎麦粉はどちらのを使ってるんですか?」と聞いた時、「中国産を半分混ぜてます・・・」と答えた蕎麦屋のオヤジのバツの悪そうな顔は忘れられない。こんな体験ができたのも、蕎麦リエのおかげと感謝している。今後は、人に嫌われない程度に役立つウンチクを提供しつつ日々蕎麦屋回りを続け、江戸の粋に触れながら4万分の1の貴重な食事を美味しい蕎麦で充実させたいと思う。